ウマ娘 攻略

ウマ娘に登場する競走馬キャラクター「ビワハヤヒデ」のスキルやステータスや評価については、こちらのページでまとめていきます。

攻略情報に関わる内容はもちろん、元ネタとなった実在する競走馬「ビワハヤヒデ」についても簡単にご紹介しています。(場合によっては実体験を元にしている内容も含みます)

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ビワハヤヒデの攻略情報まとめ

2016年6月15日現在

※2016年6月15日現在、ビワハヤヒデに関する攻略情報はまだ分かっていません。元ネタとして予想されている競走馬でもありませんので、実際にウマ娘に登場するかどうかは未知数です。

ビワハヤヒデは実際どんな競走馬だったのか?

ビワハヤヒデの簡単なプロフィール

父:Sharrood
母:パシフィカス(母の父:Northern Dancer)
所属:浜田光正厩舎(栗東)
主戦騎手:岡部幸雄、岸滋彦
重賞勝ち鞍:菊花賞、天皇賞・春、宝塚記念、京都記念など

※勝ち鞍とは一着になったレースのことです。
※重賞とは競馬でよく聞くGⅠ、GⅡ、GⅢのことです。GⅠ一番グレードが高いです。
※GⅠ、GⅡ、GⅢのレースは、どれも年に1度しかなく、一定の成績を収めた馬が出走するため、競争が激しく勝ちをもぎ取るのは困難を極めます。

【出生~生い立ちエピソード】

弟ナリタブライアンも含めて2頭の年度代表馬の母となったパシフィカスは、イギリスのセリ市で馬主の早田氏に落札され、ビワハヤヒデをお腹の中に宿したまま日本へと移動してきました。

本来はそのまま北海道に移動して出産する予定でしたが、当時バブル全盛期で欧米から続々と繁殖馬が輸入されており、パシフィカスの検疫許可が大きくずれ込んだ結果、成田空港に到着時には出産予定日が間近に迫ってしまいました。

そのため、パシフィカスは急遽福島県の牧場に移動し、そこでビワハヤヒデを出産したため、ビワハヤヒデは競走馬としては珍しい『福島県産馬』として、その後の活躍で大きく名を残すことになりました。

【印象的だったレース】

○ 菊花賞(GⅠ)

春のクラシック2戦(皐月賞、日本ダービー)で、『3強』と称されたナリタタイシン、ウイニングチケットの2着と惜敗し、最後の1冠だけは絶対に負けられない陣営は、夏に牧場に放牧に出さずに厳しい調教で徹底的にビワハヤヒデを鍛え上げました。

元々臆病な面があった馬が特訓の成果で精神的にも強くなり、馬体も一回り逞しさを増したビワハヤヒデは、菊花賞で3番手追走から直線手前で早くも先頭に立ち、直線ではライバルに5馬身の大差をつけて最後の1冠を勝ち取りました。

その王者たるレース振りからは、『ここは絶対に負けられない!』という陣営と、ビワハヤヒデ自身の負けん気を強く感じ、その後王道を歩み始めるビワハヤヒデにとって、大きなターニングポイントとなったレースと言えるでしょう。

ビワハヤヒデの実際のレース↓

○ 天皇賞・春(GⅠ)

前年の菊花賞で見せた長距離適性の高さに加えて、前哨戦の京都記念では59キロの斤量と重馬場をアッサリ克服して7馬身差の圧勝をしたことから、天皇賞・春ではライバルであったナリタタイシンが出走していながらも、単勝1.3倍と圧倒的な人気を集めることになりました。

レースでは非常にスローな流れに我慢できず、道中かなりの間掛かる素振りを見せながらも、最後の直線では早めに先頭に立ち、ナリタタイシンが迫ってくるのを待ってから仕掛けるといった余裕十分のレースで完勝しました。

着差は1馬身余りではありましたが、その差はどれだけ走っても詰まることがないような印象で、またビワハヤヒデ自身の恐ろしいまでのスタミナをこれ以上ない形で証明した、非常に強い内容のレースでした。

ビワハヤヒデの実際のレース↓

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【忘れられないシーン、エピソード】

○ 弟ナリタブライアンとの幻の兄弟対決

1994年の春シーズンを天皇賞・春、宝塚記念を含む3戦3勝、前哨戦のオールカマーでも、かつてのライバルであったウイニングチケット相手にあっさり勝利し、まさに古馬現役最強として盤石の態勢を築きつつあったビワハヤヒデですが、そのオールカマーに予定よりも細い馬体で出走し、中間の調整でも馬体が回復しないことで、陣営や岡部騎手は大きな不安と共にレースを迎えることとなりました。

そして、その不安は悪い形で的中し、これまで負けたレースでも確実に勝ち負けに持ち込む走りを見せていたビワハヤヒデですが、最終コーナーから最後の直線で一度も先頭に立つことなく、ほぼ無抵抗のまま5着と生涯で唯一連対を外す屈辱的な敗戦を喫することとなりました。

この年のクラシック戦線で1歳下の弟ナリタブライアンが圧倒的な強さで2冠を制し、兄ビワハヤヒデとの対決が大いに期待された中、陣営は有馬記念での対決に向け、記録的な猛暑となった夏に前年と同じく猛特訓を課しましたが、結果として天皇賞のレース後に全治1年以上の重度の屈腱炎という形で引退に追い込まれ、兄弟対決は幻に終わることになりました。

それまでその安定性から『鋼鉄の馬』とも呼ばれたビワハヤヒデですが、どれだけ強い馬にも休息は必要であるといった事を強く感じさせた、サラブレッドの本質について非常に深く考えさせられる出来事でした。

まとめ

一目見たら分かる灰色の芦毛の馬体と、ファンやマスコミの中でも度々取り上げられた『顔の大きさ』から、ビワハヤヒデはその強さと同時に非常に人間味のある馬として人気の高い馬でした。

いつの時代も個性的な馬が多い芦毛の活躍馬として、今でも強く記憶の中の残る1頭となっています。