ウマ娘 攻略

ウマ娘に登場する競走馬キャラクター「ヒシアマゾン」のスキルやステータスや評価については、こちらのページでまとめていきます。

攻略情報に関わる内容はもちろん、元ネタとなった実在する競走馬「ヒシアマゾン」についても簡単にご紹介しています。(場合によっては実体験を元にしている内容も含みます)

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ヒシアマゾンの攻略情報まとめ

2016年4月15日現在

※2016年4月15日現在、ヒシアマゾンに関する攻略情報はまだ分かっていません。各ウマ娘の元ネタとして予想されている競走馬の一頭ですので、登場する可能性は高いといえます。

ウマ娘の元ネタに関する記事はこちら↓
ウマ娘の元ネタ競走馬が判明?特定班による予想がガチ!

ヒシアマゾンは実際どんな競走馬だったのか?

ヒシアマゾンの簡単なプロフィール

父:Teatrical
母:Katies (母の父:Nonoalco)
所属:中野隆良厩舎(美浦)
主戦騎手:中舘栄二
重賞勝ち鞍:エリザベス女王杯、阪神3歳牝馬S、京都大賞典など

※勝ち鞍とは一着になったレースのことです。
※重賞とは競馬でよく聞くGⅠ、GⅡ、GⅢのことです。GⅠ一番グレードが高いです。
※GⅠ、GⅡ、GⅢのレースは、どれも年に1度しかなく、一定の成績を収めた馬が出走するため、競争が激しく勝ちをもぎ取るのは困難を極めます。

【出生~生い立ちエピソード】

1991年3月26日、アメリカ・ケンタッキー州にあるテイラーメイドファームで生まれたヒシアマゾンは左の前足が外側を向いた状態で生まれてきました。さらに馬体も大きくなく細々としていたため、調教師も初めて見た瞬間難しい顔をしたと言われています。

しかしヒシアマゾン自身が走る馬特有の繋ぎの柔らかさを持っていたおかげでデビューを迎えるころにはその不安はほぼ解消されたといわれています。(晩年の失速はこれらの影響が再び出てきたためとも言われていますが……。)

ハンデがありつつもそれを補って有り余る能力を持って活躍した、時代を代表する名牝の1頭だと思います。

【印象的だったレース】

○ クリスタルC(GⅢ)

とにかく残り100mからがダイジェストと言ってもいいくらいの衝撃的なレースでした。

タイキウルフが好スタートから軽快なラップを刻んで速い流れでレースが進む中、ヒシアマゾンは中団あたりで手綱を動かしながら追走していましたが、直線に入ってからも5馬身以上の差がついており、勝敗は決したと思われました。

しかし、残り100mを切ってからエンジンが点火したヒシアマゾンは、一気に並びかけたかと思うと次の瞬間には1馬身の差を付けてゴールしていました。とにかくストライド(一歩の幅)が大きく、まるでサラブレッドの中に1頭黒豹が混じっているかのような衝撃を受けました。

実際のヒシアマゾンのレース↓

○ 有馬記念(GⅠ)

1994年の競馬界の主役は何と言ってもナリタブライアンでした。憎らしいまでの強さで3冠レース(皐月賞、日本ダービー、菊花賞)全てを制し、勢いそのままに古馬との初対決に乗り込んできましたが、この怪物に真っ向勝負を挑んだのがヒシアマゾンでした。

相手をナリタブライアン1頭に絞って、道中徹底マークから4コーナーで勝負に出て一気に並びかけましたが、ナリタブライアンはさらにその1枚上をいく末脚で後続を突き放し圧勝しました。しかしヒシアマゾンも3着以下を離した強い内容での2着で、安全策ではなくガチンコ勝負に出たヒシアマゾンの走りは、負けたとはいえ感動を覚えるものでした。

実際のヒシアマゾンのレース↓

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【忘れられないシーン、エピソード】

○ 幻と消えた凱旋レース

1995年、オーナー、調教師、そして多くのファンに後押しされヒシアマゾンはアメリカのGⅠレースに挑戦することになりました。アメリカ生まれのヒシアマゾンにしてみれば生まれ故郷への凱旋レースの意味もあったかもしれませんが、ここでヒシアマゾン陣営を待ち受けていたのは国内とは違う『アメリカの理不尽なルール』でした。

日本で聞いていた話とは違う検疫(注1)で丸2日間缶詰め状態にされ、検疫が終わっても他馬との接触を一切禁止されたことで、ヒシアマゾンは1週間以上も孤独な状態に置かれました。精神的に追い詰められた状態の中でも体調は徐々に上向いてきましたが、そこへ追い打ちをかけるように記録的豪雨の影響を受けたコースで調教を続けていたヒシアマゾンは、レースが行われる週に左前脚を捻挫してしまい、さらに靭帯の一部も損傷してしまう不幸に見舞われてしまいました。

どんなに強い馬でもレースに出れなければそれを証明する術はなく、理不尽なアクシデントでレースに参加することが出来ずに、帰国せざるを得なかった関係者の無念は今となっても察して有り余る思いです。

(注1 検疫
外国のレースに出走する場合、出国時と帰国時に病原体や有害物質に汚染されてないか、検疫厩舎で定められた検疫を受けないといけません。)

まとめ

思えば当時は日本競馬でも『外国産馬』であることから出走レースが限られてしまったように、ヒシアマゾンは時代によってその能力を100%ファンに示すことができない不幸なサラブレッドだったかもしれません。

しかし随所に見せたその爆発的な末脚や牡馬をも凌駕する勝負根性は、紛れもなくヒシアマゾンが『歴史的名牝』であることを証明するに十分すぎる説得力があるものだと、今でも強く思っています。