ウマ娘 攻略

ウマ娘に登場する競走馬キャラクター「スピードシンボリ」のスキルやステータスや評価については、こちらのページでまとめていきます。

攻略情報に関わる内容はもちろん、元ネタとなった実在する競走馬「スピードシンボリ」についても簡単にご紹介しています。(場合によっては実体験を元にしている内容も含みます)

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スピードシンボリの攻略情報まとめ

2016年5月25日現在

※2016年5月25日現在、スピードシンボリに関する攻略情報はまだ分かっていません。元ネタとして予想されている競走馬でもありませんので、実際にウマ娘に登場するかどうかは未知数です。あとすみません、書いておいてなんですが、この馬は出ないんじゃないかなあと思っている管理人がいます;;

スピードシンボリは実際どんな競走馬だったのか?

スピードシンボリの簡単なプロフィール

父:ロイヤルチャレンジャー
母:スイートイン(母の父:ライジングナイト)
所属:野平省三厩舎(美浦)
主戦騎手:野平祐二
重賞勝ち鞍:有馬記念、宝塚記念、天皇賞・春、目黒記念など

※勝ち鞍とは一着になったレースのことです。
※重賞とは競馬でよく聞くGⅠ、GⅡ、GⅢのことです。GⅠ一番グレードが高いです。
※GⅠ、GⅡ、GⅢのレースは、どれも年に1度しかなく、一定の成績を収めた馬が出走するため、競争が激しく勝ちをもぎ取るのは困難を極めます。

【出生~生い立ちエピソード】

幼いころは脚長で背が高いものの、細身な馬体が目立ち、また腸が弱くすぐに下痢をする体質の弱さや、性格的にも静かな馬であったため、買い手がつかずに売れ残るということになりましたが、牧場では将来性を高く評価されていました。

後の活躍を考えると、関係者の見る目は間違っていなかったと言えるでしょう。

また、当時ヨーロッパ競馬で取り入れられていた「異なった場所と環境でミネラルを吸収させて、神経的・精神的な鍛練をさせる」といった育成方針を行い、育成場所を北海道、千葉、そして岩手へと移す『三元育成』を初めて行われた馬であり、後の3冠馬シンボリルドルフへと繋がっていく先駆け的な馬でもありました。

【印象的だったレース】

○ 有馬記念(‘70)(GⅠ)

春の宝塚記念をレコードタイムで制するも、その後格下相手に3連敗したスピードシンボリ陣営が最後のレースに選んだのが、当時史上初の5年連続出走となる有馬記念でした。

道中は後方を進み、3コーナーで馬場が荒れているインの空いたスペースを突いて一気に仕掛け、最後の直線では荒れ馬場に脚を取られて失速しかけるも、1番人気アカネテンリュウの猛追を凌いで優勝しました。

ピークを過ぎていて、なおかつ厳しい展開でも大舞台で勝ち切る能力こそが、一流馬たる所以ではないでしょうか。

スピードシンボリの実際のレース↓

○ ワシントンD.C.インターナショナル(国際GⅠ)

それまで後方待機から直線で脚を伸ばすレースが基本だったスピードシンボリですが、初の海外遠征を迎えるにあたって、陣営は「真っ向勝負で、最初から最後まで前々で勝負する」といった方針を決めました。

本番ではGⅠクラスが何頭もいる中、最低人気ながらも終始2番手で強気に先行し、最後の直線で失速したものの、勝ち馬から8馬身1/4差の5着と健闘しました。

現在まで同レースに出走した馬は他に8頭いますが、そのどれもが勝ち馬から20馬身以上離された惨敗である事実を見ても、いかにスピードシンボリの功績が大きいかが理解できると思います。

スピードシンボリの実際のレース↓※レースは動画の8:44からです

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【忘れられないシーン、エピソード】

○ 我慢強さの名馬が見せた意外な一面

幾度となく接戦を制し、負けたと思われたレースでもその勝負根性で勝利をモノとしてきたスピードシンボリですが、競走馬時代の一時期にスピードシンボリが恋をしている、といった記事がマスコミを賑わした事がありました。

そのお相手は2歳年下の「ハクセツ」という芦毛の牝馬で、その整った容姿から『白い美少女』とも呼ばれ、後にシンボリルドルフの主戦となる岡部騎手の重賞初勝利馬でもありました。

毎日王冠に出走後、騎乗していた野平騎手が「スピードシンボリがハクセツに惚れているせいで、返し馬(注1)でハクセツばかりに気を取られていた」とハクセツの馬主に伝え、結果として2着に敗れたのはある意味微笑ましいエピソードとも言えそうです。

(注1
返し馬:コース(馬場)に出てきた馬が行うウォーミングアップの事)

まとめ

大レースをいくつも制したスピードシンボリが名馬であることは違いありませんが、負けたレースの多さから一流馬と呼ぶにはふさわしくない、といった意見も多くあります。

しかし、当時まだ海外馬との能力差が大きかった中、積極的に海外のビッグレースに参戦したその功績は、海外遠征が当たり前になった今こそ大きく称えられるべき事だと思っています。